まるやま組

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あぜ豆植う。
2012/06/30(土) | 文化 |Comment
今年もまるやま組の大豆栽培プロジェクトが始まりました。題して『あぜ豆から始める明日のニッポンの素』農林水産省採択の事業です。



里山の休耕田を昨年みんなで開墾したり、過疎の集落のはずれの田んぼの畔、というちっぽけな場所から、豆というちいさな希望の種をまき育てようという取組みなのです。ご存知の通り豆は日本の食卓をいろいろな姿形を変えて彩るものだから。味噌、醤油、納豆、きなこ、、。

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去年とれた豆で苗を作って持って来てもらいました。去年の恵みが今年の命に繋がることも感じてもらえたかな。理科の発芽の勉強も朝顔でなくてもできるのです。

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まるやまの周りにある初夏の花を集めて五感で感じてみました。せっかくこんな自然の中にいるのだからアタマで覚えることは横に置いておいて。かじったり、なめたり、ほおにつけたり。

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苦いからニガナ、

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酸っぱいからスイバ、

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顔を剃るカミソリみたいにざらざらだからコウゾリナ。そんなふうに話しかけるとそれはもう顔つきが変わってきます。

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昔農家さんは毎年春先に田んぼの畔を泥で塗り固めて修理をすることを畔塗りと言いました。モグラや雪のために水が漏れたりしたところを繕う様にクワで泥をすくって塗る重労働でした。そのことで毎年そこで豆を作っても連作にならずに良い豆もとれました。また根っこが地を固め、養分もあたえてくれるので稲作にも都合が良かったので畔豆といって豆は畔で作り、味噌や醤油、豆餅にと利用してきました。今では田んぼも耕地整理され広くなり畔を利用することもなくなりました。

まるやまの新井さんの自然栽培の畔をお借りしてあぜ豆を植えます。能登では今でもほとんどの家庭が地元の醸造所の醤油を使い続けています。集落では谷川醸造のサクラ醤油を使う家が大半です。しかしながら最近では地元の原料を使うことは困難な様子です。まるやまのまわりが豆の産地になれば地の醤油をつくることができますし、何より地元の子ども達の毎日のごはんもきっと変わってくるでしょう。そんなところが目に見えたり、手で触れたりできれば学びになるかなと思っています。

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学校に帰ってゆく山間のバスを見送りながら、じっくり地に足つけて巣立っていけよ~と思うのでした。そして大人達もこどもに、どうにかこの土地をあきらめない、自分をあきらめないで泥まみれになってる様子をみせることも大事かなと考えたりもするのでした。
雑誌『自然人』2012夏号
2012/06/06(水) | 文化 |Comment
06:06:1

雑誌『自然人』夏号がでました。

今回は白山国立公園50周年特集号です。石川県に住み始めてから都会育ちの私は、能登の身の回りの自然の豊かさだけでも十分に魅了されていたので白山にわざわざ出かけようと考えた事はありませんでした。

自然人ホームページ

紹介されている植物、動物の美しい写真を見ていて改めて、白山は高山なんだなぁと実感しました。まるやまのような里山と違って、人のすんでいないwild lifeなのです。県内でもずいぶん違う生物相を見られるのですね。出かけてみたくなりましたがまずは、歩く事になれていないと無理ですね。。中高年の山の事故も多いと言うしそれなりの準備が必要でしょうね。


まるやま組の記事もあぜ豆について書かせていただきました。
ちょっと読みにくいですが。。。

06:06:2

今年もまた、続投で書かせていただくことになりそうです。丹念に編集者の方々が歩いて集められる地元に根ざした北陸の人と自然の見聞録。本屋さんで手に取っていただけたら幸いです。
まるやまが教室!
2012/05/30(水) | 文化 |Comment
ことしも地元三井小学校の生徒達を教室からまるやまに連れ出し、野外授業に取り組む事となりました。今年は小学校の先生方の移動も多数有り、また児童数の減少によって複式学級が増えた事等もあって事前にうちあわせをしながらすすめました。

過疎高齢化の進んだ地域の小中学校は都市部の教育に遅れをとらないように、とか予算上の都合で統廃合などを進められる状況にあります。
保護者の皆さんもこんな田舎にいると将来街に出て気後れするのではと、早いうちから町中の学校に通わせる事を我が子のために望む方もいらっしゃいます。

そんな中、今一度この土地の豊かさってなんだろうと自分達の足下を見つめ直す作業を子ども達と一緒にできればいいなとおもいます。おどろきやワクワクを共有させてもらえたらと思います。

05:30:5

文科省の学習指導要綱の中からまるやまで授業をすると効果が上がりそうな項目をリンクさせると、総合や生活、理科の授業をつかってまるやまの土地に根ざした人と自然のかかわりを学びにする事ができそうです。教室で学ぶときと違って極力頭は使わず五感で感じてもらいたいと思います。

去年まるやまで見られた植物や水生昆虫の標本を持っていきました。いうなれば地域のいきもの図鑑。あらためて普段当たり前に見ている自然から切り離して目の前にとりだすと『へぇ~!こんなにいるんだ。。』と感嘆の声が漏れます。水生昆虫標本は金沢大学里山里海自然学校の野村さんに作成してもらいました。植物標本は金沢大学の伊藤浩二先生のご協力を得て、まるやま組で作っています。

05:30:2

これから始まるまるやまでの授業の前におこなうガイダンス的授業のために用意していた去年の振り返りのパワーポイントがあったのですが、モニターをとおして間接的に話をするのはどうかなと思いやめました。そのかわり五感を使う練習をする事にしました。コウゾリナとサルトリイバラの葉っぱを頬にあてて感じてもらったり、

05:30:4

ヨモギとオヤマボクチの葉を使ったおはぎを味わってもらったり、匂いを嗅ぎ分けたりします。まるやまのまわりの家々のおばあちゃん達が季節や用途によって使い分けしている植物です。色も香りも微妙に違うのですが、子ども達も感じていたようです。でも植物は知らなかった様子。

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そしてICレコーダーから流れる音に耳を傾ける子ども達は真剣な面持ち。何の音?と聞くと『カエルー!!』さらに何時の音か分かる?と聞くと『夜!!!』2問目の音は『水』だったのですが『用水の水の音』と答え、さらにひとりの男の子は『~の水の音や』と場所まで特定してしまいました。この音ってふつうは水とだけ答えるでしょう。中にはトイレの使用音を消すための『音姫』とか言う答えも返ってくるかもしれません。集落の子達が、五感の中でこんなに聴覚が長けているのはひとつの驚きでした。

豊かな自然環境や伝統文化等がありつつも、生業が成り立たない事や担い手のいない一次産業などのかかえる問題は根深いものだと思います。でもこれから先の持続可能な暮らしをかんがえるとき、資源を生み出す事の出来ない都市部にはない、生き抜き方を子ども達が身につけてくれたらいいなと思います。

ESDという教育が今注目を集めています。
ESDとは、社会の課題と身近な暮らしを結びつけ、新たな価値観や行動を生み出すことを目指す学習や活動です。
例えば、持続不可能な社会の課題を知り、その原因と向き合う。それらを解決するためにできることを考え、実際に行動する。そのような経験を通じて、社会の一員としての認識や行動力が育まれていきます。
また、豊かな自然といのちのつながりを感じたり、地域に根ざした伝統文化や人びとと触れながら、人と自然、人と人との共存や多様な生き方を学ぶといったことも、ESDのアプローチのひとつです。

ESD(持続可能な開発のための教育)

文部科学省 ESD

まるやま組でやっていることと重なっているところがあるとおもい、環境省中部環境パートナーシップオフィスから資料をいただきました。先生方とも共有させていただきます。

05:30:6

まだまだ学校などではアクティブには動いてない現状のようですが10年くらいしたら結構スタンダードになるのではないかなという気がします。

でも最終的には学校の先生や専門家やコンサルタントが外やら上から地域のあり方をあれこれ考えるのではなく、住んでいる私たちで小さな気付きを積み重ねていく事が大事かなと思います。

お母さんが赤ちゃんの様子がおかしいと額に手を当てたら熱があったと言う感じに、一見論理性はない様に見えるけれど直感的にいきものとして正しい判断が出来る。土地に根ざして、自然と係わる事でそんな力が知らずに身に付く気がします。

私たちが出来る事は子ども達を『何もない田舎から追いやる事ではなく、自然や伝統の豊かな土地で十分に育ったから大丈夫だよ』と送り出す事ではないかなと思っています。そのためには、私たち親達が何もない田舎の日常にかくれている豊かさに気付き、都会に行くだけで何かが手に入る訳ではないという事にも目を向けなければなとかんじています。
祭りの日
2012/05/09(水) | 文化 |Comment
ゴールデンウィークの前半に集落のお祭りがありました。高台の神社で神事が行われ御神輿がでて、子供と男親が獅子舞をします。上の子ふたりは獅子舞を踊っていましたが、末っ子は踊りたがらないので夫は淋しそうです。夫は前向きな性格なので子供にも地域の行事には積極的に参加させたい感じです。



引っ越してすぐは何にでもチャレンジさせたい気がしたし、集落の子達顔負けに踊る我が子をうれしくも思いもしました。でもどこか、何か引っ掛かっている気がしました。祭りでみんなに混ざっているのに混ざり切れてない感じ?そもそも都会育ちの我が家にとって、祭りとは縁がなかったし、テレビで祇園祭とかお神輿や出店を見るという以上のものではなかったのです。

アメリカでもクリスマスを筆頭にハロウィーンやサンクスギビングなど地元の友人達に招かれ、また自分たちでも七面鳥を焼いたりするのですが、どこか自分のものではない気がする。などというと決まって夫から『難しく考え過ぎ』とか『いろいろ言うよりやる事が大事』といわれてしまいますが、違和感がのこります。

なぜなら、形をまねてもそこにsoulがないからじゃないかとおもいます。獅子舞を踊る時意識はしてないかもしれないけれど、『今年はお米が沢山採れるといいな』とか『天候に恵まれてありがとうございました』とかそんな心地の中で、みんなが集っている。気持を共有しているからだという気がします。

今年はほんの少しだけですが一緒に豆を作ることに係わらせていただいて、そんな心持ちをちょっぴり胸に秘めての祭りです。

集落のおばあちゃん達のように明け方からお赤飯を蒸す事は出来ないながらも、なんだか自然ともち米を水に浸し、まるやま組の小豆をゆでました。3升たっぷり作って連休のごはん作りから解放されようと言う魂胆です。

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デッキに鋳物コンロのガス管を家からニョロロ~ンと引っ張ってきて、蒸篭で蒸します。古い蔵から捨てられるせいろをいくつも拾ってあります。

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向こうの端では長女がパソコンでサッカーウェアを探しています。脇には椎茸を干しています。

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こちらでは次女が旬のさよりをさばいています。

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おかずはさっき裏山でとって来たタラノメやアケビのはななどを天ぷらにします。このままお赤飯がむせたら外で天ぷらにすればキッチンのお掃除もいりません。

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もち米の蒸せるにおいとか、山菜の苦みとか、しし舞の笛の音、さよりのガラスのように透き通った身の色そんなものがなんとなく、うろ覚えに記憶の奥底にのこって春を感じてくれたなら、この子達は大丈夫なんじゃないかなぁと言う気がしています。何が大丈夫かってわからないけれど、なんだか何があっても乗り切っていけるに違いないと動物的に母はおもうのです。何より家族がこうして過ごしている今に、当たり前さにありがとうとおもいます。
薮下さん作品集
2012/04/12(木) | 文化 |Comment
珠洲の熊谷町に住まれている薮下さんの仕事を少部数ですが本にまとめました。薮下さんは幼い頃から生まれ育った珠洲の暮らしを懐かしくおもい、農業作業やまつり、珠洲の産業、子供の頃の遊びなど100点を超える色鉛筆画をかいておられます。

ヤブ4

今も熊谷町に住みながら畑を耕し自家用に野菜や果樹、麦など多品種を栽培して奥さんと2人で暮らしておられます。作業小屋には藁細工がいっぱいで、手箒、猫つぶら、米俵など丹念につくられます。

私は2年程前に上げ浜塩田のお塩のパッケージにワラヅトをデザインした事がきっかけで薮下さんにお会い出来ました。一緒にデザインを完成させる為にあれこれ試行錯誤するうちに伺う、自然とともに生きる知恵にすっかり魅了されてしまいました。

雪塩

そんな薮下さんの色鉛筆画に藁細工の仕事場『ひまつぶし』の写真を少しはさみこんで仕上げました。

ヤブ3

単に昔を懐かしむのでなく、むしろ新鮮でこれからの持続可能なライフスタイルのお手本にしたい暮らし方です。

ヤブ2

ワラヅトのパッケージがきっかけで復刻された藁打の機械。しなう竹の反発力で藁を足踏み式で打てる道具。津との作り方も塩田作業のお母さん達に伝授され、技が継承されたようです。

ヤブ1


それぞれの集落の達人の持つ知恵や経験を聞いてまとめる作業、時間がかかりますがとても貴重なわたしたちの教科書です。