まるやま組

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お正月のモノ
2011/01/03(月) | 経済 |Comment
正月飾り

お正月の玄関に飾る門松やしめ縄、お鏡餅などは日本の中でも地方や文化によって
いろいろなものがあるとおもいます。

わたしは東京で生まれ育ちましたが両親は関西の人で
毎年年の瀬に街角に建つ小屋で売られている松の枝やウラジロ、ユズリハ
などを買い求めて和紙で包んだり水引をかけたりして飾っていたのを覚えています。

能登に来てからもその流れでホームセンターやスーパーマーケットの
よこの小屋で買っていてちょっと変な気持ちになりました。

売られている飾りは袋に入れられ明らかにとってつけた様な雰囲気で
清らかな感じはなく、もしかしたら人件費の安い外国製といった感じさえします。

まるやまのまわりの集落の人たちの家々をみてまわると
玄関脇の雪囲いの横桟に山からとってきた小枝の束が
飾り気なくでも村里らしく清々しい感じでいけられています。

そういえばこの雪の降る前におじいちゃんたちが枝を持って
バイクで横切るのを目にしたのを思い出しました。
日頃から丁度よい枝振りのもので、取りやすいところを知っていなければ採れないんですね。

でも今はもう雪の中。いつものように気づいた時は既に遅し。

マツ、ナンテン、ユズリハ、サカキ、、、
家によってはいる植物も多少ちがって一軒一軒みてあるくのも
素朴な中に愉しみがあります。

これもきっと神様がおりてこられる依り代の様なものではないかと思いますが、
雪降るこの時期でも色あせないこれらの植物のあざやかな色から昔の人は
生命力を感じ取ったのでしょうか?

洋の東西をとわずこの時期、常緑の緑と赤で一年の節目を寿ぐ習慣には
人間の自然への祈る様な気持は昔からあまり変わらないものなのかなと
おもって観察してみると面白いと思います。
アメリカのヴァージニア州にあるcolonial williamsburgという歴史的に保存された街で
みたクリスマスのリースを思い出しました。

ウィリアムスバーグのクリスマスの飾り

国民性の違いや観光地ということもあってもっと華やかなものですが、
すべて土地の自然素材で作られていてコンセプトとしてはまるやまのまわりの
家々と同じことです。

だから年末どこかわからないところで作られた飾りを
お店で買ったりせずに近くの野山で採れるもので作るのが
本来の意味のようですね。ただし雪の降る前に!

年末に知り合いの方から珠洲の海産物の詰め合わせををいただきました。
あごの煮干し、もみいか、たいの尾頭付き、いわのり、、、、
何気ない地元のもののようですが、よくみるとこの箱の中のもので
お雑煮やおせち料理がつくれる材料がほとんどはいっていました。

お正月だけどいつもとあまり変わらないもの。
おせち料理の食材はいつも身近にあるあたりまえのもの。

これってものすごーく贅沢なことだと気がつきました。
東京では高級ホテルからコンビニまでさまざまなおせち料理を買って食べる人が増えているようだけど、
またこだわりの料亭が厳選した各地の物産でぎっしりとか、
実はとっても不自然で病んでる感じがしてなりません。
外国産のおかざりといいい、、、、

鏡餅

初詣に門前町の総持寺祖院にでかけました。
普段みられない奥の部屋が開放されていて
建立当初の図面などの資料を公開されたへやのまんなかにお鏡餅がありました。

お餅の上に海藻、ユズリハと干し柿がのっていて、しば栗をひもに通したかち栗がのっていて
なんだかかわいらしい感じです。

お正月って日本人にとってだいじな核みたいなものだと思うけれど
実はとんでもなく遠いところまで離れてしまっている私たちの日々の暮らし。

お正月のモノが身のまわりのもので事足りるかどうかはとってもわかりやすい
地域のくらしの力のモノサシになるとおもいます。